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南インド旅ブログが終わったので、がん治療のブログに戻ります。

前回(肺がん4.右肺下葉部切除。最初の感覚は、まさかの「子宮」)は手術の話でした。

 

今回は、退院後の仕事の復帰の話。

私の目から、こう見えたという話で真実ではありません。

真実は「私が私を大事にしなかった」ことだけ。

 

日曜に退院して、水曜に仕事に復帰しました。

10年に1度あるかないかの大プロジェクト(業務プロセス&基盤システムの再構築)が待ち構えていたので。

 

痛みでまともに寝ることができませんでした。

痛すぎて、朝、支度ができるまで2時間以上かかりました。

呼吸が苦しくて、通勤は本当にゼーハー言ってました。

 

先生からは、「無理はしないように」と言われていたけど、「普通の生活に早く戻した方が回復が早い」とも言われていました。

それもあって、3日で復帰。

・・・がしかし、10日後に病院に行ったら「え!もう、仕事してるの⁉︎」と驚く先生と看護師さんたち。

「無理はしない」「普通の生活」って、寝たきりにならないようにってことだったのか…。

がーん( ̄◇ ̄;) ←あ、ダジャレ。

ヨガサロンことは_肺がん02

 

過酷なプロジェクトの立ち上げが始まりました。

・今回対象となる事業のことを知らない(つまり業務がわからない)

・システム開発出身でない

・大きなプロジェクト管理の経験もスキルもない

に加えて、

・がんの手術直後で、マジ死にそう

 

という状況の中で、責任者をやってくれという話でした。

「他にやれる人がいない」という話を何度かされた気がします。

(いやいや、私もできませんけど。)

 

に加えて、

元々担当していた業務もそのままやってくれ、でした。

プロジェクトメンバーも必要な人数の半分ぐらいしかいませんでした。

 

1ミリも成功する気がしませんでした。

背中が痛く、呼吸はゼーハー言ってます。

 

「本当に死にそう」でした。

 

で、私は何かを決めたようです。

 

社長に「あーしてくれ、こーしてくれ。でない無理。」と直談判しにいき、

開発パートナーへのコンペ説明会は、他の人には任せられないと、痛み止めを飲んで自分がプレゼンし、

「やるけど、やいやい言うなよ。」と、心の中で念じたのでした。

はー、しんど。

この人、見ててしんどいわー。

 

そして、2年間、最後まで「降ります」とは言いませんでした。

再発して死ぬかもしれんと思っていたので、「そしたら、必然的に降りることになるし。」

なんだ、この不健全な覚悟は。コワイ…。 

 

メンバーはよくやってくれました。

プロジェクト管理の仕方も教えてもらいました。

自分のやり方を貫く私を、たくさんの人が大目に見てくれました。

 

でも、心身ともに傷を負ったまま、自分をろくに癒そうともせずに、

まるで一人で生きてるかのようにふるまった結果、やってくるのです。

 

2回目のがん。

 

神様は見ている。

 

ヨガサロン ことは
チャクラヨガティーチャー Shoko
HP:http://chakrayoga-kotoha.jp
mail:chakrayoga.kotoha@gmail.com